公益社団法人 国際日本語普及協会 新野 佳子
コミュニケーション力向上には、本物のコミュニケーションをできるだけ多くすることが大切ですが、職場で過ごす時間が圧倒的に多い働く外国人にとっては、日本人同僚との関わりが非常に重要になります。今回は、コミュニケーション力向上のために、日本語教師ではない一般の日本人ができることを考えてみたいと思います。 日本人は、「外国人に指示が伝わらない」と言います。勿論日本語力不足もあるでしょうが、“指示”は的確でしょうか。例えば、「この書類、2部コピーして総務と会計に届けて」と頼んだとします。外国人が「はい、わかりました」と答えたとしても、2部コピーして1部ずつ総務と会計に届けるのか?それぞれに2部なのか?総務
や会計の誰に届けるのか?不在のときは、机の上に置いてきていいのか?急ぎなのか?日本人だったら、書類を見れば言われなくても分かることもあるでしょうし、疑問点は確認したりしますが、外国人はそうはいきません。資料が届かない、どこかへいってしまったなどのトラブルや、締め切りに間に合わないなど、周りへ迷惑をかけることになれば、「外国人のせいで仕事が遅れる、困った」という評価につながってしまいます。
外国人の日本語力にもよりますが、指示は一つずつが基本です。「この書類2部コピーしてください。総務の田中さんに1部届けてください。それから会計の佐藤さんに1部届けてください。会議がありますから11時までにお願い
します。田中さんがいないときは木村さんに届けてください。」など相手の理解度を確かめながら依頼します。そして、あまり質問調にならず自然な会話を心がけながら、「会計に何部届けますか。何時までに届けますか。田中さん
がいないときは、どうしますか。」など、重要な点は聞いて確認します。複雑な指示はメモをとってもらうのもいいでしょう。こうした積み重ねがミスやトラブルを防ぎ、曖昧な指示に対し外国人自身も確認するポイントを掴みやすくなります。
では、“注意”の仕方はどうでしょうか。あるセミナーの講師をした際、日本語教師である受講生のお一人に、「実習生が床をふく雑巾で、食堂のテーブルを拭いているのを見たら、どう言いますか。」と生活指導員役になって
もらいました。私が実習生の役をやり雑巾でふいていると、その方は「何をやっているんですか!」と言ったので、私は少し意地悪に「テーブルをふいています。」と答えました。すると、その方は「汚いでしょ!」と怒った調子で言うので、わざとポカンとした顔をして見せました。実習生は汚いと思っていないから、掃除しているつもりでテーブルをふいているのです。雑巾を使い分けるかどうかは文化によって違います。日本はトイレやベランダのスリッパを別にしますが、それは世界共通ではなく、日本人にとっての常識も外国人には言わなければわかりません。実習生は何故注意されたのか分からないのに、何となく叱られている雰囲気は分かる、でもどうしたらいいのか分からない。それでポカンとしましたが、内心は傷ついているかもしれません。しかし、実際の現場では、こうした注意の仕方はよくあることではないでしょうか。「(実物を示しながら)これは雑巾です。床を拭きます。(実物を示しながら)これは台拭きです。食堂のテーブルをふきます。お願いします。」というように、やってもらいたいことだけをシンプルに伝えれば、それで十分ではないかと思います。
いずれにしても、分かってもらいたいという気持ちを持ち、「わかりやすい日本語」で話すことが大切なのです。ゆっくり、はっきり、短い文で、相手の表情を確かめながら話します。絵やイラストを書く、実物を見せる、身振りで示すなど、言語以外の手段も積極的に活用しましょう。大事なことは最初に言う、繰り返す、相手が分からない言葉は、分かる言葉で言い換える、例示(電気製品がわからなかったら、冷蔵庫、テレビ、パソコンなどと例を出していく)などの工夫も必要です。「分かりました」と言わないで、分からないなら「分からない」と言って欲しいとの声も聞きますが、外国人がどんな時でも「分かりません」とリラックスして言える雰囲気を作っているかも考えてみましょう(※1月号〈第二課〉参照)。
外国人が指示通りできなかったときは、ひとまず、私たち日本人が自分の指示や注意の出し方のどこが悪かったのかと内省することで、外国人への“伝え方”についてヒントが得られるかもしれません。
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公益社団法人国際日本語普及協会(AJALT)
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