2012年度派遣教師 目黒精一 福建師範大学
最近の「人民網日本語版」に、注目を引く記事が載った。見出しに「日本人男性が福州駅でホームレス生活 市民が1か月間衣食を提供」とある。記事は福州のローカル紙を転載したものだった。
記事によると観光で福州を訪れたこの男性は、財布とパスポートをなくしてしまい、言葉も通じないままホームレス生活をしていたという。その間、市民が1日3食の食事のほか、衣服や身の回り品を提供したと書いてある。困っている日本人を助けた美談記事である。
9月の1か月間、中国全土に反日感情が渦巻いたような報道があふれた。福州の企業会や広州総領事館からは注意喚起情報が連日届いた。「外出は出来るだけ控えるように」「タクシーにはひとりで乗らないように」「大声で日本語を話さないように」などまるで息を潜めて嵐の通過を待ちなさいと言われているような気がした。
そんな頃にひとりの日本人旅行者が、いわば市民の親切に助けられながら路上生活を送っていたのである。よくまあ嫌がらせされたり、ひどい目にあったりしなかったなあ、と感心してしまった。政府間の関係は冷え込んでいるけれども、こと個人レベルの交流では、以前と何ら変わりがないことをこの男性のケースが示していると思った。親日的な福建省でも柳条湖事件(満州事変)が発生した当日の9月18日、福州市内でデモ行進が行われた。とはいえ、報道が伝えた青島や西安などと違い、デモ隊が暴徒化することもなかった。その後、デモの情報は聞かず、あれほど届いた注意喚起情報もまったく来なくなった。
この間、大学はいつもどおり授業が行われ、学生たちとの交流にもまったく変化はなかった。キャンパス内は平穏、教室でも真剣な眼差しで授業を受ける様子は、普段通りだった。だが、学生たちは冷え込む日中関係についてよく知っている。とりわけ日本語学科の学生は、日本の情報に敏感だ。彼らの心配は、関係が悪化すれば日本への留学希望がかなわなくなるのでないか、日本語を活かした仕事をしたいが就職口がなくなるのではないか、など身につまされるものだ。
しかし、学生たちは決して悲観的になっているわけではない。日本への親近感と憧れは、少しも減じていないことを感じる。そうした彼らを日々見ていると、こじれた関係を修復するカギは、個人レベルの交流の積み重ねにあるのだろうと当たり前の結論に達してしまう。その交流の一助になっているとすれば、これにすぎる教師冥利はない。さて、冒頭に紹介した男性の記事を「人民網」がわざわざ載せたのは、「政凍経冷」を改善するために市民レベルの交流をもっと進めようというメッセージかもしれない。男性は、取材した記者の仲介で総領事館に連絡が行き、無事日本に帰国したそうだ。
歓迎のプラカードを掲げて新1年生を迎える日本語学科の2年生(福建師範大学の旧キャンパスで)
今後、教師のレポートをどんどん追加していきます!!
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