「清明節」は中国の伝統的な祝日で、既に2500年の歴史を持っている。仲春と暮春の交わりにあり、冬至から数えて第108日目である。
「清明節」は祖先の墓を参り、草むしりをして墓を掃除する日であり、「掃墓節」とも呼ばれた。日本におけるお盆に当たる年中行事である。
今年の清明節は4月4日で、当日朝早く父、母に同行して80キロ離れた故郷へ帰った。田舎の家に帰ったら、爺と婆の写真を取り出し、写真の前にりんご、餃子、お菓子等を並べ、火をつけた三本の線香を粟が一杯入った茶碗に差し込んだ。それに、爺の大好物だった56度のバイジュ(白酒)「二鍋頭」をコップに注ぎ、線香の前に供えた。
庭の草むしりや果樹の枝切り、昼食の準備、隣人や親戚との雑談の後、スコップや「蛇皮袋」を持ち、村の西南の山の麓へ出向き、新土を採りに行った。墓は村の東北山にあるが、新土は必ず正反対の方向で取らなければならないという習慣がある。
準備終了後、「新土」、「焼紙銭」、「圧紙」、酒、水、写真の前に供えられた食べ物、スコップ等を持ち、東北の山へ出発した。山で「紙銭」を燃やすことは一切禁じられているので、山の麓で「紙銭」を燃やした。「紙銭」は億単位の「冥幣」や、金銀色の紙で作った元宝や、「銅銭」の形が沢山入った黄色の紙等がある。
まず、地面で円を描き、「紙銭」を円の中に置いて燃やした。焼かれた「紙銭」は灰となり、風とともに舞い上がり、亡くなった方に収められたと言われる。
それから墓の周りの掃除。北方の墓は大きな土饅頭の形となっている。祖先の墓は一番高い所にあり、その前には爺と婆の墓がおいてある。草やゴミを取り、近くから取った土を土饅頭に積み上げ、そして新土をその上に積み上げ、しっかりと叩き固め、その上に「圧紙」を石で固定した。最後に、お酒、お水、花びら等をまいて終わった。今もこの活動には女性が参加しない風俗となっている。
近年、祖先を祭る形は変化しつつある。環境保護やマナーに対する意識が高まり、花を供えて祖先を祭る人が増加し、白と黄色の菊を組み合わせる人もいれば、百合やカーネーションと組み合わせる人もいる。また「環境にやさしくマナーのある清明節」と題するオンライン墓参りのイベントを開催した所もある。形が変化しても、先人への思いは変わることありません。
爺、婆、ご冥福を祈ります。
LJY
北京郊外の農村にて
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