公益社団法人 国際日本語普及協会(AJALT)
地域日本語教育担当理事 関口 明子
読者の皆様、しばらくでございます。技能実習生や働く外国人への日本語学習支援を続けていらっしゃいますか。これから開始なさる方もいらっしゃるでしょうか。
さて、皆様は日本語学習支援の際に「どうして?」「変だなあ」「わからない」と思われたことがおありだと思います。今回は、技能実習生や働く外国人の日本語学習を支援している企業の方々などへの講演時に、聴衆の方々から私がよく質問され、長年の現場経験を基にお答えした内容について記していくことにします。
1 来日前に自国で200時間以上も日本語を学習し、教科書も2冊くらい終了していると記載されている実習生達が実際にはこちらの質問にほとんど答えられないのですが、虚偽の記載ということでしょうか。そのような学習者にはどのように教えたらいいのでしょうか。(漢字圏の実習生の例)
確かにオーバーに書かれていることもあるかもしれませんが、ほぼ事実です。しかし、学び方が違います。教科書を読んだり、書いたりすることが中心の学習を自国でしてきたのです。来日前の日本語研修の視察に伺ったときに、教室内から聞こえてくる言語は自国語がほとんどで、日本語は皆で読んだり、書いたり、暗記して発表しているときだけでした。また、先生方の多くは来日したことがないということでした。しかし、その学習は無駄ではありません。頭の中にはたくさんの日本語が入っているからです。ただそれをどのような場でどのように使うかを学習していないのです。せっかく学んだ日本語を使えるように指導する。つまり、日本語の運用能力をつけることです。そのためには以下の3項目を実践してみてください。
① 日本語の音に慣れる。
日本ではたくさんの日本語の音に囲まれていますが、自国ではほとんど日本語を聞く機会がありません。教室の中でさえ日本語の音を聞く機会が少ないことが多いです。来日前の学習では音声教材、ビデオ、CD等を頻繁に使ってほしいと思います。日本語を話すことが苦手なノンネイティブの先生でも音声教材を使うことで、学習者が日本語の音に慣れることができます。来日後の授業でも、できるだけ早く日本語の音に慣れるために各自にCDなどを渡し、自室でも聴くように宿題を設定したらいいと思います。
② 現実の場面を生かして、頭の中の日本語を引き出す。
日本語の授業を終え、教材がたくさん入っているかごを持って教室を出ようとしたとき、実習生のひとりが前に出て、私のそばに来て何か言いたそうにしていましたが、その後黙って教材のかごを私から取り上げました。そのときに「持ちましょうか」と私が教えました。すると彼は「ああ、持たない。持ちます。持つ。はい、わかります」と言って、「先生、持ちましょうか」と笑いながら言いました。
また、食堂で一緒に昼食を食べているときに、向かい側の実習生が何か言いたそうにしてしばらく考えていました。私は彼が言いたいことはわかっていましたが、黙っていました。やがて彼は「関口先生、しょゆ運んでください」と言いました。それで彼が言った後に私が「醤油お願いします」と言いました。彼は「ああ、お願いします。わかります。いいです」と喜んでいました。そして食事が早く終わった実習生が黙って立って部屋に行こうとしたので、「ごちそうさまでした」、「お先に失礼します」と動作付きで教えました。それからは毎回必ずこの言葉を使っていました。日本語の運用力は、どのような時に、どのように使うかが大切です。実際の場面をタイムリーに生かすことが重要です。
③ 教師が意識的に場面作りをする。
②で実際の場面を生かすことの大切さを記しましたが、教室での日本語授業の際にもぜひ生かしてください。タイムリーな場面を逃さないと同時に、教師が意識的な場面作りをすることが大切です。例えば「もっと大きく/小さく/きれいに〜てください」という表現を勉強するときには、実際に黒板にとても小さい文字を下の方に書いて「もっと大きく書いてください」、「もっと上に書いてください」のような表現を使って、どのような時に使用するのかを体感してもらうことが大切です。
今回は日本語の運用力について記しました。次回もよくいただく質問にお答えします。読者の皆様も何かご質問がございましたら私のアドレス([email protected])にお寄せ下さい。
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