ジェトロ・アジア経済研究所 上席主任調査研究員 田中 修
2021年のGDP成長率は8.1%と高い伸びを示したが、これは2020年の経済がコロナの影響で大きく落ち込んだ反動であり、22年1〜3月の成長率が減速する可能性は、21年初めから指摘されていた。
このため、21年12月の中央経済工作会議では、政策の前倒しが強調され、地方のインフラ投資の財源である地方政府特別債について、22年に発行予定の3.65兆元のうち1.46兆元を21年12月に前倒しで下達し、22年1〜3月期のインフラ投資が減速しないようにした。
また、22年3月の「政府活動報告」では、仕入れに係る増値税の控除留保分1・5兆元を早急に還付し、中小・零細企業のキャッシュフローを支援することとし、22年の税還付・減税額は2.5兆元とされた。金融政策では、「三農」(農業・農村・農民)、小型・零細企業、コロナの影響が深刻な業種・企業への金融支援が重視されている。
しかしながら、3月中旬以降、コロナの上海等でのリバウンド、ロシア・ウクライナ紛争の長期化が、国内・国際経済に大きな影響を与え始め、1〜3月期のGDP成長率は4.8%と、年間目標の「5.5%前後」を大きく下回った。
これにいち早く対応したのは、李克強総理である。彼は4月6日の国務院常務会議(日本の閣議に相当)で、「新たな下振れ圧力が一層増大している」とし、コロナでダメージを受けた飲食、小売、観光、民間航空、道路・水運・鉄道輸送等の業者と失業者への財政支援を指示した。金融面でも、「三農」支援、小型・零細企業支援を強化した。
5月11日の国務院常務会議では、「4月の経済の新たな下振れ圧力は一層増大している」とし、財政・金融政策は雇用を優先し、市場主体(中小・零細企業、個人事業者等)の事業安定による雇用の安定、食糧・エネルギーの供給保障による物価の安定に力点が置かれた。
5月23日の国務院常務会議では、税還付の1400億元追加、3200億元の社会保険料納付猶予、今年の地方政府特別債資金の8月末までの完全使用等の、6方面・33項目の包括的経済政策措置が決定された。
さらに、李克強総理は5月25日、10万人規模の「全国経済大基盤安定テレビ電話会議」を開催し、その中で「3月とりわけ4月以降、雇用・工業生産・電力使用・貨物輸送等の指標が顕著に低迷し、一部の方面と特定の範囲で2020年の疫病の深刻なダメージの時よりも困難が大きい」とし、「成長の安定を更に際立たせて位置づけ、市場主体の保障による雇用・民生の保障に力を入れ、中国経済の強靭性を保護し、4〜6月期の経済の合理的成長の実現と失業率のできるだけ速やかな低下の確保に努力しなければならない」と訴えた。現在の経済情勢が20年のコロナ最悪期よりも厳しいことを、総理が率直に認めたことは、内外に大きな衝撃を与えた。
これ以外にも李克強総理は、毎週国務院常務会議で、有効な投資の拡大、消費の促進、貿易の発展促進、雇用の安定、交通・物流の円滑化、食糧・エネルギー安全保障等の個別の景気テコ入れ策を次々に決定し、4月13日の会議では預金準備率の引下げを実質決定した(実施は4月25日)。また、6月1日の会議では、包括的経済政策措置の実施加速を強く指示している。
この間、習近平総書記は、党中央政治局常務委員会議で専らコロナ対策を議論しており、経済対策については、李克強総理に委ねた状況になっている。当面の経済政策が議論された4月29日党中央政治局会議も、マクロ政策については、国務院常務会議の決定の追認という形となった。
また、公式発表された5月25日の10万人大会議における李克強総理の重要演説概要において、「ゼロコロナ」政策の堅持が全く言及されなかったことが注目されている。李克強総理は、5月15日に開催した中国国際貿易促進委員会創立70周年座談会においても、出席した欧米・日本の商工会議所関係者に対し、「ゼロコロナ」政策への理解を求めず、「企業の生産・経営を止めてはならない。我々は引き続き、皆さんの幅広い懸念に対して、問題の解決に力を入れ、更に優れたサポートを提供する」と述べている。
このため、「ゼロコロナ」政策を重視する習近平総書記と、経済基盤の安定を重視する李克強総理の間に、見解の相違が生まれているとの見方もある。秋の第20回党大会を控え、今後のマクロ政策動向が注目される。
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