日中産学官交流機構 特別研究員 田中 修
4〜6月期のGDP成長率が7%(1〜6月期も7%)と発表された際、これを疑う声が多かった。その根拠とされたのが、「李克強指数」である。これは、李克強が遼寧省書記であったときに、「自分はGDP統計を信用していない。経済は鉄道貨物輸送量・電力消費量・銀行貸出の伸びで判断している」と述べたことに由来する。この3指標をどれくらいのウエイトで組み合わせるかにもよるが、1〜6月期の鉄道貨物輸送量はマイナス11・4%、電力消費量は1・3%増、人民元銀行貸出残高は13・4%増であるから、李克強指数は7%よりかなり低い数字となる。報道では、中国の実際の成長率は2〜3%程度ではないかとも言われている。
しかし、私はこの李克強指数は、中国経済を量る指標としては極めて問題が多いと考えている。
第1に、鉄道貨物輸送量は国家鉄道局、電力消費量は国家発展・改革委員会傘下の国家エネルギー局、銀行貸出は人民銀行がそれぞれ発表しているわけであるが、なぜこれらの組織だけが正直者ぞろいと考えるのであろうか。中国の統計に虚偽が多いのであれば、これらの数値も疑ってかかるべきであろう。
第2に、そもそもこれは、李克強が遼寧省書記のとき、部下が報告する経済データが全く信用ならなかったので、自分が管轄する省の経済状況を正確に把握するために考え出したものであるという。とすれば、これを全国にそのまま適用することは妥当なのだろうか。
遼寧省を含め東北地方の経済は構造改革が遅れており、依然として計画経済時代の構造をひきずっている。経済は重工業が牽引しており、重工業は石炭・鉄鉱石を必要とし、電力を大量消費するので、鉄道輸送と電力使用量をみていれば、おおよその動向が分かるわけである。また、東北地方は金融の発達が遅れているので、資金調達は銀行貸出に依存している。このため、この3つの指標を使えば遼寧省の経済動向はほぼ把握できることになる。ちなみに、遼寧省の1〜6月期の成長率は2・6%であり、報道で中国の実際の経済成長率と言われているものとほぼ一致する。
しかし、これを第3次産業が発展し、民生部門の電力使用が多く、株式市場やシャドーバンキングが発達している上海市・江蘇省・浙江省・広東省にあてはめるのは無理であろう。李克強指数はあくまでも後進地域の指数なのである。
第3に、李克強が遼寧省書記を務めていたのは、2002〜2007年であったということである。この時期には景気が過熱して、全国で6000もの開発区が乱立し、過剰設備投資が行われており、まだ三峡ダムが完成していなかったため、2003・2004年の夏には華東地区で深刻な電力不足が発生した。当時は、石炭・石油・電力・鉄道輸送能力の不足が経済成長のボトルネックと言われており、銀行が主要産業やディベロッパーに大量の貸出を行っていた。この時期であれば、鉄道貨物輸送量・電力消費量・銀行貸出で全国経済を量ってもおかしくなかったであろう。
しかし、2004年と2014年を比較すると、GDPに占める第3次産業のウエイトは41・2%から48・1%となり、第2次産業は45・8%から42・7%に低下した。貨物輸送量では、鉄道が24・9億トンから38・1億トン、道路が124・5億トンから333・3億トンと、道路輸送が大きく発達している。また、フローの資金調達全体に占める銀行貸出のウエイトは79・2%から59・6%に低下した。省エネも進み、GDP単位当たりエネルギー消費の伸びは10・1%から7・4%に低下した。中国の経済構造は10年前と大きく変わっているのである。
これは逆に言えば、李克強指数を引き上げるには、構造改革・構造調整・省エネをやめ、乱開発と過剰設備投資を奨励し、銀行にディベロッパー・企業に無制限に融資させればよいことになる。李克強指数はむしろ構造悪化指標なのである。
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