日中産学官交流機構特別研究員 田中 修
2001年末に中国がWTOに加盟して以降、日本では空前の対中進出ブームが起こった。「バスに乗り遅れるな」と企業をたきつけるメディアもあり、これにのせられ、よく思慮せずに中国に進出して苦境に陥り、撤退しようにもできない企業もあると聞く。また、先般の反日デモによる日本企業への破壊行為は、改めて「中国リスク」を我々に思い知らせる結果となった。
当初、中国に進出する企業の多くは、輸出基地の移転が目的であった。円高がじりじりと進行するなかで、コスト
の安い中国に工場を建設し、そこから欧米に輸出するという戦略である。しかし、このパターンの中国進出は、い
まや割が合わなくなっている。2010年から最低賃金は毎年20%上昇しており、第12次5ヵ年計画(2011─
2015年)は、個人消費振興のため最低賃金を毎年平均13%引き上げるとしている。昨年は反日にかこつけた賃上
げ要求もあった。2005年のレート改革以降人民元レートが元高基調であることを考え合わせると、もはや中国を
低コストの輸出基地と見ることは困難である。
では、市場としての中国はどうか。これは有望であるが、ただ「13億の市場」は幻想であることに注意する必要がある。
以前、信金中央金庫総合研究所が興味深い試算を発表したことがある。中国の各省の1人当たり域内総生産を世界
銀行の購買力平価を用いてドル換算し、低い順に並べる。これに1955年以降の日本の1人当たりGDPをドル換算して重ね合わせるのである。そうすると、各省の経済水準が日本のいつの時代に相当するかが明らかになる。当時(2007年頃)の試算では、重慶が日本の1958年、広東が1967年、北京が1980年、上海が1985
年に相当するとされた。日本の各時代の消費トレンドをこれに重ね合わせれば、今後どの省でどのような消費ブーム
が発生する可能性があるか想像がつくわけである。
ただ注意しなければならないのは、たとえば今後ある省で3C(カラーテレビ・クーラー・カー)ブームが到来す
る可能性があるからといって、現在の日本製品がそのまま売れるとは限らないということである。当時日本人が買ったテレビは、機能が限定された割安なテレビであって、今のように不必要な機能がごてごてと付いた高いものではない。中国で売るには、その頃の程度にスペックを落として、値引きする必要がある。だが、日本企業の場合、技術陣がスペックを落とすことに激しく抵抗するので、結局日本製品をそのまま持ち込んでしまい、サムスンやハイアールの割安の製品に敗北することになるのである。
重要なことは、その地の所得水準に合った中国仕様の製品を開発することである。国民の所得水準はバラバラであ
り、どの所得層にターゲットを絞るかで顧客の数はおのずと限定されてくる。また、中国は地方政府の割拠傾向が強
く、「地域封鎖主義」と呼ばれるような見えない壁が存在する。日本製品をいきなり全国展開することは決して容易ではない。
そうすると、どの地域のどの所得層にどの程度の機能・値段の日本製品を売り込むか、きめ細かな市場調査が必要となってくる。「13億の市場」という根拠のないキャッチフレーズに幻惑されているようでは、中国での商売は難しい。
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