日中産学官交流機構特別研究員 田中 修
9月14―17日、中国全土で反日デモが吹き荒れているとき、私は北京にいた。15・16日に開催された、日本日中関係学会(会長:宮本雄二元駐中国大使)と中国中日関係史学会の共催による日中国交正常化40周年記念国際学術シンポジウムに出席するためである。
会場がたまたま日本大使館の真正面の二十一世紀飯店であったため、滞在中ホテル周辺はデモの喧騒につつまれて
いた。私は面会の予定があり、ホテルから出ようとしたが、交通規制で車が出入りできない。そこで中国人のふりをして野次馬に紛れ込み、デモ隊の傍らをしばらく歩いた。日本大使館構内にペットボトル・卵が投げ込まれるたびに
デモ隊から大きな歓声が沸き起こった。
他方、シンポジウムではいくつかの分科会に分かれ、日中双方の研究者間で熱心な討議が繰り広げられた。政治・
外交・安全分科会はかなり険悪な空気になったようだが、私の参加した経済分科会は比較的冷静な議論に終始した。
この分科会で私が述べた報告は「中国経済の中期的課題と日本の役割」である。私はこれから中国経済が直面する
課題として次の4点を指摘し、中国側からも高い評価を得た。
第1は、経済発展方式の転換である。2007年の第17回党大会は、中国の経済成長を①投資依存から消費依存へ、②第2次産業依存から第3次産業依存へ、③労働力・資源の大量投入依存からイノベーション依存へと転換する必要性を強調した。しかし、2008年にリーマン・ショックが発生すると、工業分野へ大量に投資が行われ、現在に至るも経済発展方式の転換は一向に進んでいない。もしこれが今後も進展しなければ、経済成長は持続不可能となり、中国経済は「中※等所得の罠」に陥り停滞することになる。
第2は、市場化の問題である。これまで中国では、政府と市場の役割分担がきちんと議論されてこなかった。この
ため、政府の政策が不十分なことによる①就学難・医療難・住宅難、②所得格差の拡大、③法律の未整備の問題が発生すると同時に、企業や銀行の経営に対する政府の過剰介入の問題が発生した。この問題を解決するには、市場化の徹底と政府の役割の明確化が必要である。
第3に、社会保障制度の整備の問題である。現在中国では少子・高齢化が急速に進んでいるが、これに対応した持
続可能な社会保障制度の構築が立ち遅れている。
第4に、金融の自由化・国際化の問題である。中国は今年に入り、人民元レートの上下方向への弾力化を強め、金
利についても変動幅を拡大している。2020年には上海を国際金融センターにする構想も決定されており、2010年代後半には、金融の自由化・国際化が加速されていくものと思われる。だが、もしそこで政策を誤ると深刻なバブルが発生する可能性があり、その崩壊が大規模であれば、中国発の世界金融危機が発生するおそれがある。
日本は1960年代に、第1の経済発展方式の転換には成功した。第2の政府と市場の役割についても義務教育制
度・医療制度・住宅制度・法制度の整備に努め、高度成長期に所得格差の問題は発生しなかった。しかし、第3の持
続可能な社会保障制度の構築には失敗し、第4の金融の自由化・国際化のプロセスではバブルを発生・崩壊させ、経
済は長期停滞に落ち込んだ。
今後の日中協力において、日本はこの経験・教訓をしっかり中国に伝え、中国はこれをよく研究し、政策・制度設
計の参考にすべきである。
※中等所得の罠…中間所得層を目指すも直前で経済が停滞し始め、中間所得手前で足踏みする現象(経済が足踏みすること)
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